角渡しのユニコーンは人の妻に恋をする

ねど様作品

エヴィーケンの森という、それはそれは美しい森があった。
 どんなに周りが嵐になろうとも、その森の周辺だけは必ず雲が避け、太陽が照らしていた。人間達の勝手な戦火が近づいてこようとも、その森だけは燃えることが決してなかった。
 そんな人間達の知識や経験では決して解明できない神秘を抱えた森には、一頭のユニコーンが住んでいた。名はエヴィーケン。
 このエヴィーケンというユニコーンは、人の話す言葉を理解し、そして操ることができた。ある時、エヴィーケンは一人の若い乙女が森に尋ねてきた際に、乙女の願いを聞いた。
 
 「母が誤って毒の果実を食べ、苦しんでおります。どうか森の賢者とも呼ばれるエヴィーケン様、何か解決の方法を教えてくださいませんか」
 
 人間達は、エヴィーケンを森の賢者として讃え、できるだけ近付かないようにしていた。それがエヴィーケンを怒らせない方法だと知っていたからだ。大昔に妻子のいる猟師が間違って森に迷い込んだ時、エヴィーケンはひどく怒り、命を奪うまでは行かずとも猟師に大変な怪我を負わせたことがあった。それでもこの乙女は、自らの危険を顧みず、エヴィーケンを尋ねたのだ。
 エヴィーケンは乙女の純潔を悟ると、自らの角を削り取るよう伝えた。加えて、それをスープに入れて飲ませるとよいと伝えた。乙女が恐る恐るエヴィーケンの角の一部を削り取り、持ち帰って伝えられた通り母に飲ませると、乙女の母はたちまち元気を取り戻したという。
 それからエヴィーケンの森を知る人間達は、何か困ったことがあると処女の乙女をエヴィーケンの元へと行かせ、助けを乞うていた。エヴィーケンは特に見返りも求めなかった。それが自身の役割であると信じていたからだった。
 エヴィーケンが処女以外の人間を嫌うには理由があった。人間という生き物の命には、大きな力が伴っていた。しかし、それは生まれてから一度も他者と交わることがなければ、の話だ。他者と交わった人間の命の力には、歪みができる。その歪みをエヴィーケンは嫌っていた。嫌っていたというより、同じ空間にいることで、人間で言う吐き気を催したり、頭痛がしたりと、体に支障が出るので傍にいてほしくないのだ。
 そのため、エヴィーケンを含むユニコーンという生き物は、人間の処女のみを傍に近づくことを許していた。

 エヴィーケンが人間達に助けの手を差し伸べてから数百という月日が流れた頃。森にとある女がやってきた。その女は乙女と呼ぶには少し年増であり、しかし年増と呼ぶには失礼を感じるほど美しい女であった。
 エヴィーケンは警戒した。この女から男の匂いを感じたが、命の力に歪みを感じなかった。もしかすると、隣の大国が自身の角を得るために雇った魔女かもしれないと、最大限に敵意をむき出しにしていた。
 ところがこの女は、全くそんな敵意に触れず、あろうことかエヴィーケンに対して
 「こんにちわ、お馬さん。今日も良いお天気ね」
 などと、能天気な言葉を投げかけたのだった。
 勿論、エヴィーケンは返事をしなかった。なんだか普通でない女と言葉を交わしては、いつ自分の命、又は角が獲られるかわかったものではなかったからだ。
 
 「あの、エヴィーケンという……人?を探しているのだけれど、どこにいるか知らない?あなたの飼い主だったりしないかしら」

 困ったような微笑みを浮かべて女は言う。その表情からは、特に何かを企てているような黒いものは見えてはこない。エヴィーケンは少しだけ警戒を解き、言葉を発した。
 
 「私がそなたの探しているエヴィーケンだ。そなたは何者だ?不思議な人間だ。男の匂いがするのに、歪みが無い」
 疑問をそのまま女に問いかける。女はぽかん、と口を開け、エヴィーケンを見つめた。
 「す、すごいすごい!あなた、お話しができるお馬さんだったのね!それでいて、探している人だったなんて、私はとっても運が良いわ!」
 
 まるで少女のように飛び跳ねて喜ぶ女を目の当たりにして、エヴィーケンは驚いた。自分を見てこんなにはしゃぐ人間は見たことがなかった。その純真さから、何かを企てて自分に近づくなど無理であろうと、確信を得た。
 そしてその笑顔からあふれ出る「何か」に、エヴィーケンは「何か」を感じた。「何か」が何なのかは、わからなかった。
 女は少ししてからあまりの喜びようを恥じ、野イチゴのように頬を赤らめながら、改めてエヴィーケンに向き合った。
 
 「失礼しました。私、ジュリアと申します。ここから5つの街を越えた先にある、アーデハインツという街からやって参りました。実は、家族が重い病に罹っております。森に住まう賢者で、エヴィーケンという方が万能薬をお持ちだと聞いて遥々やってきたのですが、まさか角の生えたお馬さんだとは知りもせず……お恥ずかしいところをお見せしました」
 「そうであったか。大変な長旅だっただろう。私はエヴィーケン、ユニコーン族だ。この角が万能薬になっている」
 
 互いに名前を伝え合ったところで、エヴィーケンはジュリアに様々なことを尋ねた。ここまでどうやって来たのか、家族の病はどんなものなのか、男との交際はあるのかどうか。その全てに、ジュリアは丁寧に、そして淡々と答えた。
 
 「ここまでは一人で来ました。街と街を繋ぐ馬車を乗り継いで。家族は……これは交際の質問と同時の御答えになりますが、私は結婚しています。その病に罹っているのが夫なのです。ですが、私は夫と会っていません。結婚はいつの間にか親が話を進めておりました。政略結婚というのでしょうか、私も貴族の出身なので……。なので、夫がどんな病に罹っているのかも、わからないのです」
 
 だから命の力に歪みがないのかと、エヴィーケンは納得した。ジュリアは話を続ける。
 「夫は街を代表する貴族なのですが、私と結婚する前から、私以外の女性にご執心でして。それも貴族として妻に迎え入れられない立場の方を。私は事実上は妻ですが、あの方の本当の妻ではないのです」
 
 そういうジュリアは、全く表情を変えない。エヴィーケンには理解のできない表情だった。今まで人間の表情というのは、自身に向けられた尊敬、畏怖、そういったものしか見たことがなかった。
 「それで私はあなたから万能薬を頂き、夫に渡します。夫に会ってみたいんです。そのために、やってきました」
 
 エヴィーケンは不思議な気持ちになっていた。このまま角を渡すことが、己が使命だと十分心得ている。しかし、渡してしまえばこの純真な笑みを見れなくなる。帰ってもきっと不幸になるだけであろうジュリアを、帰したくないという気持ちがあったのだ。
 ジュリアの強い信念の宿った新緑の瞳に、エヴィーエンは自分が思っている以上に惹かれていた。そしてあろうことか森の賢者は、今までになかったことをやってしまったのである。
 
 「そなたの願い、聞き入れた。しかし、私の願いも聞き入れてはくれないだろうか」
 「まあ!勿論です。私にできることでしたら、なんでも」
 
 二人は、誰もいない森の中で二人だけの約束を交わした。エヴィーケンは角の一部を渡し、ジュリアを見送った。約束が果たされることに期待を持ち、エヴィーケンは森の外を見つめていた。
 
 それからエヴィーケンの森には、時々乙女と呼ぶには少し年増過ぎる、しかし年増と呼ぶには失礼を感じるほど美しい女が足しげく通う姿が見られるようになったという。

作者紹介

≪作者名≫
ねど

≪作者連載先≫

・TwitterID:@niconico_nedo
・ホームページURL:http://nanos.jp/geness11/

≪作者紹介≫
お話を書くのが好き。普段はダーク寄りの話をよく書いている。
最近カクヨムにも登録しました。よかったら読んでやってください。
→https://kakuyomu.jp/users/nedo_novel

コメント

タイトルとURLをコピーしました