風花

Meme11様作品

「そんな恰好で寒くないの?」
「寒くないに決まってんじゃん。ふつー雪女にそんなこと聞くかね」
 山に囲まれた深い森、深い雪の中。前を歩く雪女は投げやりに答えた。
「そろそろ脳みそまで凍ってきたとか」


 ムカッとする。バカげた質問だったけどそんな恰好で歩いてるのが先ずおかしい。雪女なら雪女らしく白い和服が定番じゃないのか? 背中のぱっくり開いた青いドレスからは俺の中のお淑やかで清楚で静かなイメージが彼女からは微塵も感じられずそれらは雪崩のように崩壊してしまった。唯一イメージ通りなのは美人である一点だけだった。
「あ、もしかして怒った?」
 無邪気に笑い、振り返ってこちらを見ていたが、またすぐに前を向いて彼女は歩き出した。足取りは軽く、深い雪に沈むこと無く進んでいく。


「なあ、それどうなってんだ? 沈まないの凄いな」
「何?」
 何のことか分からない様子の雪女に自分の足元と彼女の足元を交互に指さして見せた。
「むしろどうやったらそんなに沈むの?」
 彼女といると常識がなんだか分からなくなりそうだ。

「ねー大丈夫?」
「うわっ」
 目の前に彼女の顔が迫っていた。黒い瞳に自分の姿が見えるほどに。
「こっちがビックリだよ。ちょっと休憩って言ってから動かないから死んだかと」
「なかなか死ねないもんだね」ほんのもう少しのとこだったのかもしれない。
「まだ山を一つは越えないとだし日も落ちる。今夜はここで寝ようか。死なれちゃ寝覚めが悪いし」時々口が悪いが気遣ってくれている。雪山での遭難二日目、俺は彼女によって生かされていた。


 彼女は雪に向かって指揮者のように手を動かす。すると雪が一か所に集まり一瞬にしてかまくらが完成した。
「オプションでお城にもできるけど?」
「別にいらないよ」
 しばらく休み、いつの間にか外は暗くなっていた。横になれる雪製簡易ベッドもあり、なかなか快適だったからか寝てしまっていた。やはり風が無いだけで外とは段違いだ。雪山の過ごし方をここに来る前にもう少し調べれば良かったかな……いや、そんな必要なんて無かったんだった。
 彼女は外で入口の傍に作った椅子に座りスマホを弄っている。中は俺がいると暑いとのことだ。もう一部屋作ればいいのにと思ったが、こちらがしっかり見える位置に居たいらしく、これも彼女なりの気遣いのようだ。


 暗闇を背にスマホの光にライトアップされる青いドレスを纏う彼女は白い額縁に飾られた絵の様でなんとも不思議な光景だった。彼女と初めて出会った時もスマホを弄っていた。
 彼女曰くそのスマホは死んだ登山者から拝借した物らしい。山中の小屋など、電気の通っているとこで盗電して充電しているそうだ。


「起きたんだ」
「親切にしてくれてるよね。口は悪いけど」
「突然何さ。口が悪いは余計だし。困っている人に手助けするのは当然の務め。私はすごーく優しいからね」彼女はスマホから目を離しこちらを真っすぐ見て不敵に笑って言った。
「なんかさ、妖怪は絵本とかでよく悪者にされててさ。その印象が強いんだよね」と言うと彼女は少し不機嫌な表情を見せた。


「人間を一番殺してるのって何か知ってる? 人間だって! それと一部の極悪な奴と一緒にしないで欲しいな」口をとがらせて言った。
「それはごめん……あやまるよ。でも良く知ってるね」
「これのおかげ」スマホをわざとらしく得意げにひらひらと見せびらかせる。
「何見てるの? ここって電波届かないんじゃないの?」
 この前の夜も彼女はスマホを見ていた。
「メール。読み返してんの。あんたもこれあんでしょ、見ないの?」
「山を登る前に置いてきた」
「あっそ」彼女は再びスマホに目をおろした。
「そういえば何て言うの?」
「ん?」


「名前。聞いてなかったから。俺は香川幸樹(かがわ こうき)」
「すっごい今更な事を……風花(ふうか)。遠くに積った雪が風に運ばれてくる雪を風花(かざばな)って言うの。それが由来。もう寝なよ、明日も歩くし」
「起きちゃったし、考え事がね」
「そう」彼女も横になった。
「エベレストって山があるじゃん」
「うん」
「何人もの登山家が上を目指して行く、でも険しい山だから全員が帰って来る訳じゃない。八〇〇〇メートルより上で死んだ登山家の遺体は回収されないんだって。だからあの山には仮眠の姿勢や滑落した時の姿勢のまま凍った遺体が二〇〇体もあるそうだ。中には愛称すらある遺体もあるんだと……俺はここに死にに来たんだ」


 風花は何も言わなかった。
「俺は誰にも覚えらず。いたの? って言われるばかりでいつも誰かの影にいる。だから死ねば印象に残るかなって。あの山で死んだ人のように記憶の中で凍ったままさ」
「名付けて妖怪記憶残り」呟くように風花が言った。一体何の話だ。人が真剣に話しているのに。
「あんたは今から妖怪記憶残り。普通に生きてりゃ誰かの記憶には残るもんじゃん。それだけ執着するってことは妖怪だね」
「執着どうこうって話じゃ……もういい。ここまで付き合せて悪かったよ。だから……もう行っていいよ」
「こんだけ話したのに私を置いて逝くんだ。私は人じゃないから、私は妖怪だからたかが人間のことなんて記憶にも残らないだろって? 酷い奴」
 何も言えなかった。


「よっと」風花は立ち上がってドレスに付いた雪を払い「死ぬの手伝って欲しい?」と冷たく言った。俺は静かに頷いて答えた。
「先ずは脚を凍らせて動けなくして次に腕。なるべく長引かせて苦ませるてやるよ」
 髪の毛が逆立ち、風花を中心に冷気が渦巻き足元の雪が氷に変わっていく。それまで風花に抱いていた印象は凍って砕け、恐ろしい雪女が現れていた。
「ちょ、ちょっと待て! できるだけ楽に死にたくてここに!」
 カシャリ。
「ハハハ。さいこーにアホっぽい顔が撮れた」
 風花は俺の怯える顔をスマホで撮っていた。髪の逆立ちと冷気は収まっていた。
「このスマホね。どうして使えると思う? 今も誰かが使えるようにしてんのよ。律儀に金払ってさ。それにこれ実は当人から貰ったの、死ぬ前にね。メールが届いたら返信せず既読にしてくれって条件付きでさ。詳しい事情は知らないけど……バカだよね。こんな回りくどい事せずに会えば良かったのに。もう無理なんてね。……ここからは私の話。報われない悲しい話の当事者に私はなりたくない。冷たい世界はこのスマホだけでいい。まだ短いけど思いでもあるし、他の奴らがどうか知らないけど私には残ってるからさ、あんたが。生きて私の思いでになってよ」
 そう言うと風花は俺の手を握った。
「意外と暖かいんだな」
「あんたが冷えてんだよ」

 それから朝を迎え、歩き、麓まで降りることができた。もう使わないつもりだった車には雪が積もっていた。風花はというとスマホの電波を気にしているようだった。メールの確認のために此処によく来るのだそうだ。
「また来てもいいかな」車に乗り込み、扉を閉める前に聞いておきたかった。
「いいよ。また来ても。でも次に死ぬって言ったら私がぶっ殺すからね」
「怖い女」と俺は笑いながら言って「よく言われる」と笑う彼女は雪の上の花の様だった。

 帰りの高速道路、途中サービスエリアに立ちよった。自販機で飲み物を買うついでに助手席に残していた遺書をビリビリに破いた。できるだけ細かく小さくなるように。手を広げると冷たい風がそれをさらい、雪のように舞って遠くの方に飛んでいった。

作者紹介

≪作者名≫
Meme11

≪作者連絡先≫
・TwitterID:@legomasa_11meme
・ホームページURL:https://kakuyomu.jp/users/Meme11

≪作者紹介≫
主にツイッター、カクヨムで主にファンタジーな小説を公開しています。気付くとドラゴンで村を焼いてしまいます。

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