境界

翼 翔太様作品

 足の裏に丸みのある石の感触を感じながら歩を進める。少し力んでしまい、足の下や近くの石が転がり、体のバランスを崩しそうになった。
「おっとっと」
 なんとか尻餅をつくことなく、体勢を立て直したカイは進んだ。しばらくすると石には角が立ってゴツゴツしたものに変わってきた。
「こけたら絶対怪我するな、これ」
 カイはより慎重に進んだ。

 今カイが向かっているのはこの町の名所である、岩の大河というところだ。大きな岩がたくさん転がっていて、まるで大河のような広さで広がっているらしい。町の人たち曰く「あんななにもないところに行ってどうするの」とのことだったが、緑豊かな地や砂漠など様々な地域を旅してきたカイにとって、それほどの岩がある場所のことが気になってしまったのだ。
 目的地に近づくにつれ足元は不安定になっていく。その内岩が大きくなってきた。
「きっとこのあたりが岩の大河だな」
 背の高いものだと全身を使って登らなくてはいけないくらいだった。気が付くと天気も曇り空となっていた。
「天気予報じゃ雨は降らないって言ってたし、もう少し先に行ってみよう」
 そのとき正面に茶髪で白く装飾等のないシンプルなドレスを着ている女性と、その隣にはホワイトタイガーが座って寄りそっていた。

(おかしい、さっきまであんな人もホワイトタイガーもいなかったぞっ? ……まだどっちも気づいてない。このまま気づかれずに……)
 カイは右足を下げた。すると小石があったらしく、それが落下して別の岩とぶつかる音がした。彼の予感は的中し女性とホワイトタイガーがカイのほうを向いた。カイは全身に緊張が走る。女性と視線が絡まる。
「あなたはこの世に未練はある?」
 女性はこだましているようなはっきりとしない声音で、しかししっかりと尋ねてきた。
「そちらの世界に未練はある?」
 もう一度女性が尋ねた。
「そりゃあるに決まってるだろ。だからなんだっていうんだ」
「それなら選ぶことができる。こちらに来るか、そちらに残るか」
 カイは女性がなにを言っているのか理解できなかった。
「こちらは楽しい。悲しみも苦しみもなにもない。歌って踊って毎日を過ごせる」
 そう言いつつも女性の表情はとてもではないが楽しそうに見えなかった。どちらかといえばすべてのことに飽きているようにも見えた。

「こちらとか、そちらとかなんなんだ?」
 カイは女性に尋ねた。女性はホワイトタイガーを撫でながら答えた。
「こちらは私たちの世界。楽しいことばかりに満ち溢れた世界。あなたたちの隣人の世界」
「俺たちの……隣人? なんのことだ」
「隣人は隣人以外の何者でもないわ。そちらとこちらの境目はあるけれど、隣り合っていることに変わりはない」
 カイは目の前の女性が普通の人のように思えなかった。言っていることも醸し出す雰囲気も独特だった。まるで人間ではないようだ。しかしそんなことはあり得ないと、カイはわかっていた。それでも彼の本能は女性を恐れていた。それはホワイトタイガーが傍らに控えているせいだけではないような気がしていた。

「もしも……あんたの言う、こちら側とやらに行ったらどうなるんだ?」
 女性は淡々と答えた。
「こちら側に来るとそちら側のことはすっかり忘れるわ。そして楽しいことだけをして過ごす。素敵よ」
 女性は妖しく笑った。赤い唇が三日月のようになる。カイの全身が粟立った。
「なんでわざわざ未練があるかどうかなんて聞いたんだ?」
「掟だから。こちらに誘う前に必ず聞かなくちゃいけない」
 女性は面倒だとでも言うように溜息を吐いた。ホワイトタイガーは首を傾げていた。女性はそんなホワイトタイガーの体を撫でた。
「未練があれば、こちらに連れて行くことはできないから。気に入った人の子を連れて行く人たちもいるけれど」
 女性はカイのほうを見た。
「でも私がそれをしたら他の者たちに示しがつかないから」

「あんた……一体何者なんだ?」
 女性は絵画のように美しく、けれどどこか無機質に感じた。女性は口を開いた。
「私はあなたたちの隣人の王族。王の娘。王が定めた掟に娘である私が破るわけにはいかない」
 女性はカイに手を差し出した。
「ねえ、本当にそちらの世界に未練があるの?」
「……ああ。この世界には俺がまだ知らないような美しい世界がたくさんある。それは一つでも多く見るのが、俺の旅の目的だ。だからこの世界にはとても未練がある」
「こちらにも美しい景色がたくさんあるわ。それではだめなの?」
 女性はカイに尋ねた。カイははっきりと言った。
「だめだ。俺は俺の世界が好きだから」
「そう。……残念だわ」

 女性はホワイトタイガーの背中にまたがった。
「また会えるといいわね。そのときはあなたをこちら側に案内できると嬉しい」
 女性を乗せたホワイトタイガーは奥へと進んだ。それほどの距離を歩いていないのにも関わらず、女性の姿はまるで霧に紛れるかのようにすうっと消えてしまった。
 女性の姿が見えなくなると周りには大小様々な岩があるだけだった。
「なんだったんだ、一体……」
 カイはなんとなくそれ以上進む気になれず引き返した。

 カイが出会った女性の正体がおそらく妖精や精霊の類だと知ったのは、それからずいぶん経ってからのことだった。

作者紹介

≪作者名≫
翼 翔太

≪作者連載先≫
・TwitterID:@tubasa_syouta

≪他サイトで連載中の作品≫
・「ほおずきのランプ亭」: http://chillin.tutakazura.com/index.html(サイト)
             https://www.alphapolis.co.jp/novel/100153681/321198462(アルファポリス)
・「悲しみは純白」:http://chillin.tutakazura.com/index.html(サイト)
   https://www.alphapolis.co.jp/novel/100153681/822075276(アルファポリス)

≪作者紹介≫
仮面ライダー、戦隊を糧に日々を過ごしています。
現在『読み処Larus』という小説サイトを運営中。
また小説のお仕事を募集しております。あなたが読みたいファンタジー小説、恋愛小説をお書きします。サイトのメール、TwitterのDMのほか、SKIMAやココナラでもお請けしています。

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