狼男の願い事

句礼字頼太様作品

 夜の帳が降り、空には月が昇っていた。
 人の気配がまるでない草原を、一人の男が歩いていた。
「ああ、また満月の晩が来てしまった」
 深い溜息とともに肩を落とす。見目麗しい青年だったが、何かを恐れるように暗い表情をしていた。


「ちくしょう、魔女め。うっ……!」
 やがて男の体に変化が生じた。優しげな目は獰猛な光を宿し、甘い言葉を囁くのが得意な口は、凶悪な牙を生やした顎へと変貌する。苦しそうなうめき声は、徐々に獣のそれへと変わっていき、何より全身を灰色の長い毛が覆い尽くしていた。
「はぁ、はぁ……くそっ」
 悪態をつきながら、昨夜の雨で出来た水たまりを覗き込む。今にも人に噛み付きそうな、険しい顔をした狼が映っていた。
「なんで僕が、こんな化物の姿にならなくちゃいけないんだ」


 憎々しげに満月を睨みつけると、ありったけの力で吠える。こみ上げる怒りを二度、三度と夜空に向けて叫び続けた。
 本物の狼も顔負けの遠吠えだった。今頃、近隣の住民や動物たちは震え上がっているかと思うと、少しは男の溜飲も下がった。
 背後から声をかけられたのは、そのときだった。  
「あのぅ、もしもし」
振り向くと1羽の兎がいた。道化師のように派手な青い衣装を着た兎だった。


 男は最初、兎が人間の言葉を話すことを奇妙に思ったが、そういえば自分も奇妙な存在だったと思い直し、冷静に尋ねた。
「何か用かい」
 兎は満面の笑みで語り始めた。
「はい、私は月からの使者です。今宵はこの国ができてから、ちょうど3000回目の満月の日。それを記念して、この国で一番熱心に、月に祈っておられた方の願い事を1つだけ叶えてあげる日なんです。おめでとうございます」
 そう言って兎が短い手足で拍手を贈ってくれるが、男には身に覚えのない話だった。
「祈りだって? そんなもの、僕は知らないよ」
「何をおっしゃる。満月のたびに欠かさず、月に向かって吠えておられたではありませんか。あれほど強い感情のこもった声、よほど叶えてほしい願いがあるとお見受けしました」
「なるほど……」
 男はしばらく考えていたが、やがて口の両端を吊り上げた。
「実は僕は悪い魔女に呪いをかけられてしまってね。満月のたび、こんな姿になっている。この呪いを解いてほしい。できるかい?」
「お安い御用ですとも」
 兎は笑顔で続けた。
「それにしても、ひどい魔女もいたものですね」
「まったくだ。あの女に復讐したいという願いも考えたが……なあに、呪いさえ解ければまた仕返しの機会はあるさ。なにせ、あの魔女はバカだったから」
「……そうなのですか?」
「ああ。僕が『母が病気だけど薬代がなくて困ってる』と言えば魔法で宝石を出してくれたし、『舞踏会に着ていく服がなくて君と踊れない』と言えば、煌びやかな服まで出してくれた。あんなに騙されやすい女は、初めて見たよ。魔女ってのはみんな世間知らずなのかね」
「…………」
 男が得意げに話しているうちに、兎は何やらブツブツと唱えていた。そしてそれを唱え終えたかと思うと、男の体が熱を帯び始めた。
「ぐっ!」
 先ほどと同じく、肉体が変化していく感覚だった。意識が朦朧としていく中、最後に兎の声が聞こえた。 
「はい、これであなたの願いは叶えましたよ。目が覚めたときには、本来の姿に戻っているはずです。それでは、さようなら」
 
 男が意識を取り戻すと、月は空のてっぺんまで昇っていた。
 やけに虫の鳴き声がうるさかった。それに、草や土の匂いが一段と強くなった気がする。
男は早速、水たまりで自分の姿を確認しようとした。
 しかし次の瞬間、目を疑った。
 ――おい、どういうことだ。
そう口にしようとしたが、声が出なかった。完全に獣のそれと化した唸り声だけが耳を打つ。
 水面に映っていたのは、1匹の狼だった。
 ――話が違うじゃないか。僕は、元の姿に戻すよう願ったはずだ!
 男……いや、狼は吠えた。あたりを見回しても、もう兎の姿はどこにも見当たらない。
 しかしそれでも吠えずにはいられなかった。不気味なほど輝く満月に向かって、狼は吠え続けた。血走った目を光らせ、声が出なくなるまで叫び続けた。

 


「ただいま帰りました、ご主人様」
「おかえり」
 同時刻、青い衣装を纏った兎は魔女の家へと帰り着いた。妙齢の美しい女性が出迎え、間髪入れずに訊いた。
「どうだった、あの男は」
「ご主人様の言われた通り、反省していないようでした」
「ふふ、やっぱりね。散々人をだました報いよ。私以外にも貢いでた子は多かったらしいし、さしずめこれは天罰ね」
 得意げに笑う主人だったが、使い魔の兎は気だるげにかぶりを振った。
「ご主人様がチョロすぎるのも問題だと思います~」
「……えっ」
「魔女の力が1番強まる満月の日にしか会いにこないくせに、その都度お金に困って頼ってくる時点で気づけよ、って話です。どう考えても魔法目当てじゃないですか。しかも、毎回毎回『今夜は月が綺麗ですね』とか『この月よりも、君の方が綺麗だよ』みたいな月並みの台詞で舞い上がっちゃって……聞いてるこっちが恥ずかしかったです~」
「なに盗み聞きしてるのよ!」
「あいにく、兎なもので。耳がいいんです」
「そ、そうだったわね。じゃあ、私の顔が赤くなってるように見えたのも、あなたが兎だからよ! ほら、兎の目って赤いし!」
「誰も『顔が赤かった』なんて言ってませんよ~」
「…………」
 自ら墓穴を掘ったことに気づいた魔女は、黙りこんでしまった。さすがに意地悪がすぎたと感じた兎は、話題を変える。
「けど、あの男も少しかわいそうですね。あんな姿にされてしまって」
「何言ってるの」
 しかし、魔女はあっけらかんと言い放った。  
「男はみんな、狼なのよ」

作者紹介

句礼字頼太(くれいじ・らいた)

≪作者連載先≫
・TwitterID:@crazy_writer34

≪作者紹介≫
はじめまして。句礼字頼太(くれいじ・らいた)と申します。よろしくお願いします。

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