歌の結び糸

翼 翔太様作品

 苔と申し訳程度の雑草。ごつごつとした地面と岩壁。それがカテリーナの七歳からの住み家だ。カテリーナの中で一番古い記憶はきらびやかな部屋と長い廊下、シャンデリアのかかった天井だ。かつての家である王都の城には今の政権を握っている男が住んでおり、父親はこの世を去り、母も別れてからはどうなったのか知らない。
 カテリーナは一番奥にあるベッドから腰を上げ、自身の背よりも大きな出入口に立った。といってもこの洞窟自体が崖の一部で海に面している。逃げ道はない。カテリーナは外を見た。飛んでいく鳥の群れに夕日、水平線。静かに波打つ海。まるで一枚の絵のようだった。その風景はカテリーナにとって、唯一見える洞窟の外の様子だった。晴れ、雨、曇り。朝日、夕日。鳥の有無。雲の量や海の様子。それだけでも二日と同じ風景はなかった。


「今日も海がきれい……。海ってどんな感じなのかしら。どんな魚がいて中はどんな風になっているのかしら」
 カテリーナはすぐにでも手に届きそうな、それでも決して届かない海を見つめながら思いを馳せた。そのとき上から籠が下ろされてきた。その中には食事が入っている。皿とパン、おかずが一品、りんごが一個。籠を受けとる。このメニューが幽閉されている身としては、まだいいほうだろうとカテリーナは理解していた。けれどパンは記憶の中にあるような柔らかさではないし、温かい料理を食べたのは十年ほど前だ。冷めきった料理を食べ終えたころ、一本の縄が垂れ落とされた。カテリーナは食器と食べたときに出たごみを籠に入れて、縄に結び付けた。籠が上へと戻っていく。


 食事を終えたカテリーナはいつものように夜の海を眺めていた。この生活を抜け出そうと思ったことは何度もあった。しかし今までにこの崖から人が落ちてしまう事故を何度も見た上に自身も風にあおられて落ちかけたことがある。その為ここから出ることはとても危険である、ということがわかったのだ。ただの塔よりも効果的な幽閉場所だとカテリーナは波の音を聴きながら思った。
 次の日。いつものようにじっと海や空を眺めていると波の音とは違うものが聞こえてきた。それは歌だった。歌詞ではなくメロディーを歌っているようだった。
「どこから聞こえるのかしら?」
 カテリーナは風が吹いていないことを確認するとまず上を見てみた。人の気配らしきものはなく空しか見えない。次に下を見た。波が岩肌にぶつかって白いしぶきが上がる。よく見ると岩にだれか座っている。髪はカテリーナと同じ長い金髪で、声から察するに女性だろう。
「こんな険しい岩場に人がいるなんておかしい。もしかして人魚じゃないかしら」


 カテリーナはうつ伏せになり目を凝らした。太ももにあたるところに肌色は見当たらず代わりに青緑色のなにかが太陽の光を反射させ輝いていた。
「きっとそう、人魚に違いないわ」
 カテリーナは耳をすました。時に船乗りたちを惑わすといわれている人魚の歌声は、水よりも澄んでいて、でもどこか恐れ多さも含まれているように感じられた。メロディーは聞いたことがないものなので、人魚たちの中でしか歌われていないものかもしれない。
「といってもどんな歌が流行っているなんて私にはわからないけれど」
 カテリーナは自虐的に笑った。人魚は頭上にいるカテリーナの存在に気が付くことなく、歌い続けている。その旋律は聴いているだけで心が癒され魅かれるものだった。カテリーナは目を閉じた。自然と草原のイメージが浮かんでくる。


 さらに何曲か歌うと人魚は満足したのか海の中へと帰っていった。
「素敵な歌声だった……。あんなに美しい声なら操縦がおろそかになってもおかしくないわ。……あの人魚、明日も来てくれないかしら」
 カテリーナは夕日を見つめながらそんな風に思った。
 カテリーナの願いは天に届いたのか、次の日もまた次の日も人魚はやってきた。歌うメロディーはその日によって違うが、聞いたことがないものばかりだった。人魚とは距離がある上にカテリーナは人魚のほぼ真上にいるので顔は見えないが、人魚は男女問わず美しい、と洞窟に持ち込みが許されている数少ない本に書かれていた。
「でも顔なんてどうでもいい。歌っているのを聴きたい」
 人魚は頭上にカテリーナがいるとも知らず毎日岩場に歌いに来た。その歌声を聴いている時だけがカテリーナにとって幸福だった。


 人魚の歌を毎日聴いているとカテリーナの中である思いが芽生えてきた。
「あの人魚と一緒に歌えたらどれだけ幸せかしら」
 カテリーナはこっそりと小声で人魚の歌をまねるようになった。音程やリズムがわかってくるとカテリーナは自然と小さく口ずさむようになった。
 ある日カテリーナはベッドの上で人魚が歌っていた曲を歌っていた。その曲はまるでうねった水のようであったが、どこか包みこむような優しさがあった。その曲がカテリーナは一番好きだった。そのとき下から澄んだ美しい歌声が聞こえてきた。
「今日も来てくれたわ」
 カテリーナはいつものように姿勢を低くして歌を聴いていた。カテリーナはこっそり一緒に歌を口ずさんだ。そのとき声が大きく出てしまった。すると人魚はその声が聞こえたのかきょろきょろと周りを見回している。カテリーナは一瞬迷ったが人魚が歌うのをやめたところの続きを歌ってみた。すると人魚はようやく顔を上にむけた。
(逃げてしまうかしら)
 しかしカテリーナの心配をよそに人魚は共に歌い始めた。カテリーナは喜びを抑えきれず歌う音量を上げた。人魚は海の中に帰るとき、カテリーナに手を振ってくれた。カテリーナも振り返した。それから毎日カテリーナと人魚は崖と海という離れた場所で歌い合った。


 そのメロディーの紡ぎ合いはカテリーナがこの世を去る二十四歳まで続いた。

作者紹介

≪作者名≫
翼 翔太

≪作者連載先≫
・TwitterID:@tubasa_syouta

≪他サイトで連載中の作品≫
・「ほおずきのランプ亭」: http://chillin.tutakazura.com/index.html(サイト)
             https://www.alphapolis.co.jp/novel/100153681/321198462(アルファポリス)
・「悲しみは純白」:http://chillin.tutakazura.com/index.html(サイト)
   https://www.alphapolis.co.jp/novel/100153681/822075276(アルファポリス)

≪作者紹介≫
仮面ライダー、戦隊を糧に日々を過ごしています。
現在『読み処Larus』という小説サイトを運営中。
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