見送る恋

翼 翔太様作品

森の中で複数の馬の足音が響く。先頭には女性と男性を乗せた馬、その後ろから追いかけてくるのは、人ならざるものだった。上半身は人だが下半身は馬である、ケンタウロスだ。追いかけられている女性の耳は尖っており、黒い瞳孔も縦に割れている。細やかなレースのドレスは膝上くらいまで引き千切られていた。
「姫様、お戻りくださいっ」
一頭のケンタウロスが言った。姫様ことディアナは恋人である人間の男性、シェルシの腰に捕まったまま後ろを振り返って大きな声で告げた。
「いやよっ。私はシェルシと一緒になるの。お父さまが認めてくれなくても、その気持ちは変わらないわっ」
ディアナはシェルシの腰に強く抱きついた。馬を操っているシェルシは巧みに木々のすき間を抜ける。しかしケンタウロスたちも負けていない。木々にぶつかることなく避けた。ケンタウロスたちが迫ってくる。


「シェルシ、追いつかれちゃうわっ」
「くそっ。この妖精の国の出口まではどれくらいなんだい? ディアナ」
 ディアナは周りの景色を見た。人間であるシェルシからは森の木々はどれも同じに見えるらしいが、生まれたころからずっとこの妖精の国にいるディアナには一本一本の木の違いがわかっていた。
「もう少しよ。シェルシ、そこを右に曲がって」
ディアナはシェルシに言った。シェルシはディアナの言う通り、四つ辻の分かれ道になっているところを右に曲がった。ディアナは口の中で呪文を唱える。すると馬と二人の姿が透明になった。
「ディアナ、これは……」
「しっ。静かに。この魔法は姿を消せることができても音までは消せないから」
 それを聞いたシェルシは馬の速度を落とした。そして木々のすき間で立ち止まった。ケンタウロスたちもその場で止まった。

「ディアナ様が魔法を使ったぞ」
「まだ遠くまで行ってないはずだ」
「お探ししろっ」
 ケンタウロスたちは四つ辻で分かれた。ディアナたちは息をひそめてケンタウロスたちがその場を去ってから馬を降りた。
「音でばれてしまうならここからは歩いて行こう」
 シェルシの提案にディアナは賛成した。二人は落ち葉で足音を立てないようにそっと歩いた。
「きっと正規出口のほうはケンタウロスたちが待ち伏せていると思うわ。抜け道を行きましょう」
「抜け道?」
 ディアナは頷いた。二人は歩きながら会話を続けた。
「ええ。私が小さな頃から使っている抜け道。そこなら知っている者はいないから、ばれずに人間の世界へ行けるわ」

 ディアナはシェルシを連れて何度も木々のすき間を曲がった。そして一本の大きな樫の木の前で立ち止まった。その樫の木は朽ちて幹が折れていた。
「ここよ。この中を滑り落ちるの」
「とても道があるようには見えないなあ」
「でしょ?」
 そのとき時間がきたのかディアナの魔法がとけてしまった。
「さあ、行きましょう」
 ディアナが幹の中に入ろうとしたとき、背後から足音がした。ディアナとシェルシは弾かれるように振り返った。そこには一人のケンタウロスが腕を組んで立っていた。


「ディアナ様」
「ケルファ……」
 ケルファはディアナの付き人でもあるケンタウロスだ。幼いころから面倒を見てくれていた、心を許している妖精の一人だった。
「なんでここを知っているの?」
「あなた様のことならなんでもわかります」
 ケルファは続けて言った。
「ディアナ様、お戻りください」
「いやよ。私はシェルシと一緒に人間界で暮らすの」
 ディアナはケルファを睨んだ。ケルファはディアナたちの元に近づいてきた。シェルシがディアナの前に立った。
「人の子よ、お前の力でディアナ様を幸せにできるとでも言うのか?」
「もちろんだ」
 シェルシははっきりと答えた。ディアナはシェルシの背中の布を握った。しばしケルファとシェルシの睨み合いが続く。ケルファは腰に下げている剣を抜いた。
「その言葉に嘘偽りはないか」
「ない」
 しん、と空気が張りつめる。ディアナは睨み合っているシェルシとケルファを、固唾を呑んで見守っていた。先に行動したのはケルファだった。彼は剣を下ろした。

「行け」
「え?」
 シェルシもディアナと同じくケルファの言葉の意味が瞬時に理解できなかったようだった。
「ディアナ様を幸せにする覚悟があるなら行け、と言っている」
「ケルファ……」
「だがディアナ様を少しでも不幸にしてみろ。我々の魔法で孫の孫の世代まで呪ってやる」
 シェルシはただ静かに頷いた。
「必ず幸せにする」
 ディアナはシェルシに肩を抱かれた。シェルシの青い瞳と目が合う。
「ケルファ、ありがとう。私……あなたが付き人でよかったわ」
「ディアナ様……」
「いつだって私を最初に見つけたのも、私を捕まえることができたのもあなただった」
「当然です。それは私が……いやこれは言うべきではありませんね。
人の子よ、私の分もディアナ様を頼むぞ」
シェルシは三度頷いた。ディアナは木の幹の中に入りながらケルファを見た。ケルファは声には出さず口だけを動かした。
「お慕い申し上げております、ディアナ様」
 それがディアナの見たケルファの最後の姿だった。

作者紹介

≪作者名≫
翼 翔太

≪作者連載先≫
・TwitterID:@tubasa_syouta

≪他サイトで連載中の作品≫
・「ほおずきのランプ亭」: http://chillin.tutakazura.com/index.html(サイト)
             https://www.alphapolis.co.jp/novel/100153681/321198462(アルファポリス)
・「悲しみは純白」:http://chillin.tutakazura.com/index.html(サイト)
   https://www.alphapolis.co.jp/novel/100153681/822075276(アルファポリス)

≪作者紹介≫
仮面ライダー、戦隊を糧に日々を過ごしています。
現在『読み処Larus』という小説サイトを運営中。
また小説のお仕事を募集しております。あなたが読みたいファンタジー小説、恋愛小説をお書きします。サイトのメール、TwitterのDMのほか、SKIMAやココナラでもお請けしています。

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