歌が響く滝壺になるために

ねど様作品

「本当に最悪!ジェラームス!あなたのせいよ!」
円形状の滝壺に囲まれた岩の上、そこに一人の女性と馬がいた。馬の傍に座り込んだ女性は、夜の闇のように美しい黒髪を一本にまとめ上げ、それを風に揺らしている。優しい大地と同じ色をした馬は、女性の顔の隣へ首を垂れていた。
「しかしティウラ様、私とてまさかこんなところで羽を奪われるとは思ってもおりませんでした」
「言い訳は無用!アルオーの街天馬から借りた羽を水の妖精に奪われるし、歩いても飛んでも移動できない滝の真ん中に降りるし、これじゃあ明日の歌の披露会に間に合わないわ!」
「滝の真ん中に舞台があるなんて珍しい、と言ってここに降りることを強要したのはティウラ様ではありませんか……」

 ティウラと呼ばれた女性は、ジェラームスと呼んだ馬の鼻頭に手を置き、上下に擦る。
「へえ、あなた羽を借りないと飛べない天馬崩れのくせに、宵闇の歌姫である私に楯突こうって言うの?」
「無益な挑発はお辞め下さい。宵闇を嫌う天馬に乗せてもらえないからと、天馬崩れである私を飼い始めたのではありませんか」
一人と一頭が少々苛立ちの目立つ言い合いをした後、沈黙が流れた。後ろには多量の水が滝壺へ飛び込む音が響いている。


 ティウラとジェラームスは、人々やこの世界に息づく精霊達の心を癒す旅をしていた。労働が終わり、人々が体を休める夜に各地へ回って歌を披露している。
ティウラの歌には人であれ精霊であれ、心を癒す力があった。各地を回り始めて数年が経った今は、多くの地域から来てほしいと毎日依頼が届いている。この滝壺の舞台に降り立ったのは、その道中だった。
ジェラームスは自身で語っていた通り、天馬崩れのため羽を持たない。しかし、空を駆けることを引退した天馬から羽を借りてなら、空を駆けることができた。借り物の羽なので、折り畳むと羽ペンのような道具に変わってしまう。それをこの舞台に降りた時、水の妖精が飛び跳ねて奪っていったのだ。追いかけようにも、この勢いの水の中ではティウラもジェラームスもどうしようもない。完全にお手上げな状態だった。
一人と一頭が沈黙して数刻が経ち、真上にあった太陽は傾き始め、夕闇が迫り始めていた。滝に反射する夕闇は妖しく煌めき、そして波となり落ちていく。それをずっと眺めているだけだったティウラは、愚図り始めた。
「どうすればいいのよ~!おなかも減ってきたし、岩の上だからお尻も痛いし!披露会は明日の昼だし!ジェラームスの馬鹿~!」
八つ当たりをされたジェラームスはやれやれ、と首を左右に振り、周りの滝壺の中へと視線を移した。先ほどからジェラームスは滝壺の方を見ていたのだが、水の妖精達がひそひそと何かを話しているのが見えていた。
水の妖精は水の塊が魚のような姿をしており、滝の中を自由自在に泳いでいた。ティウラの愚図りが一層大きくなると、その中の一匹が滝の中腹で消えた。滝の中へと入って行ったのだ。すると滝の中腹の水が爆ぜ、ティウラ達のいる舞台まで水の橋が架かった。水の爆ぜ方はとても激しく、ティウラとジェラームスにまで水がかかる。その水に驚き、ティウラは愚図るのを辞めた。
「え、なに?なんなのこれ。ジェラームス、あなた何したのよ」
「いいえ、何もしておりません。それよりティウラ様、歌姫としてあるまじきお顔になられているので、整え下さい」
呑気に話しているティウラとジェラームスを前に、水の橋を走ってくる女性がいた。滝の中から出てきた女性は体が半透明で、虹色の髪飾りをしている。水の妖精と同じく、水の塊がその形を成していた。


「ああ、歌姫ティウラ様。どうか泣かないで。私は滝壺の女神リウリス。貴女のお連れになっている天馬の羽を盗むよう妖精達に指示したのは、私です。無礼をお詫び致します」
自らをリウリスと名乗った女性は、そそくさとジェラームスが身に着けていた羽を取り出し、ティウラの目の前に差し出した。
突然のことに驚いたティウラは目を丸くしてリウリスを見つめる。その隙にジェラームスは羽を取り返し、背中へ羽を生やした。
「ティウラ様、また空を駆けることが出来ます。もうここにいる理由はないでしょう」
「ええ、そうね……でも待ってジェラームス。無駄に足止めをくわされたのよ。何故こんなことをしたのか聞くべきじゃない?」
「おっしゃっていることはわかりますが、時間がありません。今からとても急いで走れば、なんとか間に合います」
目を丸くしていたティウラは、段々とその眼差しを怒りのこもった鋭いものへと変えていった。リウリスは目を伏せ、申し訳なさそうに眉尻を下げていた。
「本当に申し訳ありません……私はただ、貴女様の歌を聞きたかっただけでして……」
「女神ともあろう者が、一体何を考えているの?個を持っている者を自由にすることができるとでも?増してや人を困らせるなんて、最低の行為よ!どうしてこんなことをしたのよ!」
岩の上に座り続けて痛くなった自身の臀部を擦りながら、ティウラは怒鳴る。リウリスは何度も頭を下げつつも、今回このようなことをした経緯を話し始めた。
「以前、メルスの街の川を通っている時に、たまたま貴女の歌を聞いたんです。でも、その時はとても遠くて……もう一度聞きたいと思ったんですけど、なかなか水場の近くで歌われないので、聞けなかったんです。それで、先日アルオーの街の川の妖精から、ティウラ様が東アルオーの街へ向かわれたと聞いたので、ここを通ると思い、舞台をご用意しました。舞台があると迷わずそこへ立ち、歌われると聞いていたので……」
リウリスはそこまで話すと、再度深々と頭を下げた。
「でも、すぐさま羽を奪って移動ができなくなるようにしたのは、本当に間違いだったと反省しています。そして歌を待つために、長く滝へ身を隠していたことも……。貴女を困らせたかったわけではないんです……申し訳ございません」
「ふうん。それで?償いは何かできるわけ?」

 ティウラのその言葉に、リウリスは素早く頭を上げ、片手を上げた。すると、先ほど彼女が渡ってきた橋が泡の船へと姿を変えていく。ティウラは再び目を丸くし、合わせてジェラームスの瞳も見開かれた。
「この船にお乗りください。東アルオーまで川が繋がっておりますので、空を飛ぶより早く水の流れでお送り致します」
「すごいすごい!水の国で有名な泡の船!ジェラームスほら見て!見なさいよ!」
「見ておりますよ……ティウラ様、こんなことで彼女をお許しになるのですか?」
ジェラームスの問いかけに、ティウラは首を傾げる。
「ちゃんと反省しているし、償いを用意していたのよ?羽も返してもらったし、これ以上怒る理由は無いわ」
「ああ……ティウラ様、寛大なお心感謝致します……」
「でも二度とこんなことしちゃだめよ。願いを叶えるためなら、なんでもしていいわけではないでしょう?」
ティウラの厳しい言葉に、リウリスは再度深々と頭を下げた。それを見てティウラはふわりと笑い、リウリスの手を取って船へと踏み出したのだった。その後ろを、ジェラームスが短くため息をつき、ついていく。

二人と一頭は泡の船に乗り、目的地まで共に旅をした。極短い旅の間、二人は友情を結んだ。その数日後に、夜の滝壺には美しい歌声が響いたという。

作者紹介

≪作者名≫

ねど

≪作者連載先≫

・TwitterID:@niconico_nedo
・ホームページURL:http://nanos.jp/geness11/

≪作者紹介≫
お話を書くのが好き。普段はダーク寄りの話をよく書いている。
最近カクヨムにも登録しました。よかったら読んでやってください。
https://kakuyomu.jp/users/nedo_novel

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