氷の花の愛

翼 翔太様作品

はらはらと花びらのように雪が舞う。それはこの世界では日常だった。
赤い毛糸の帽子、臙脂色のコートに身を包み、真っ白なスケート靴を持って一人の少女が外に出た。傍らには少女の身長とそう変わらない大きさの狼がいた。
「ディリヒラ」
名前を呼ばれた少女、ディリヒラはふり返った。玄関には母親が立っていた。
「あんまり遅くなっちゃだめよ」
「はーい」
ディリヒラが返事をすると側にいる狼が口を開いた。
「大丈夫だ、お義母さん。俺がついている」
「そうね。よろしくお願いね、ヴォルさん」
ディリヒラはヴォルの背中に乗った。
「じゃあいってきまーす」
「いってきます」
「はい、いってらっしゃい。気をつけてね」
ヴォルが歩き出し、ディリヒラの体が上下に揺れる。

この世界では一人一匹の狼と生涯を共にする。その人と同性なら固い絆の結ばれた友として、異性なら一生の伴侶として。狼と出会う時期は人によって違う。ディリヒラのように生まれてすぐに出会う者もいれば、大人になりしばらくしてからという人もいる。

ディリヒラとヴォルは近所にある湖にやってきた。といってもディリヒラはまだこの湖の氷が溶けたところを見たことがなかった。年中雪や冷たい空気に覆われたこの世界でも寒さが緩む年があるのだが、ディリヒラはまだ体験したことがなかった。
「ヴォルはこの湖の氷が溶けたのを見たことがある?」
ディリヒラは尋ねた。
「ああ、あるぞ」
立ち止まったヴォルは答えた。

ディリヒラはヴォルのたくましく広い背中から降りると、凍った湖の表面を触った。固く分厚い水面が緩くなるとはディリヒラには想像できなかった。
「ここが溶けるなんて想像がつかない」
ディリヒラが湖面を叩くとコンッコンッと固い音がした。
「それに凍ってなかったらスケートができないじゃない」
「代わりにボートをこぐことができるぞ。魚釣りもしやすくなる」
「それはパパにとって嬉しいことね。パパが釣りに行かなかった週末なんてないもの」
ディリヒラはスケート靴を履きながら笑った。人形のように歩いて湖の上に乗った。土の上とは違ったバランス感覚もディリヒラにとっては馴染みのあるものだった。ヴォルも続いて湖面に乗った。一人と一匹は貸し切り状態の湖のスケート場で滑り始めた。四歳で初めてスケートをしたときはたくさん転んでいたディリヒラも、めったにこけなくなった。それはヴォルも同じで、今は足をばたつかせるなどという無様な姿は見せなくなった。
「ねえねえ、ヴォル。引っ張って」
「いいぞ」

ディリヒラはヴォルの胴体に抱きついた。ヴォルは慣れた様子で氷上を滑った。そのスピードはディリヒラ自身が滑るよりも勢いがあった。そして自分はなにもしていないのに進むというのがおもしろかった。
「あははっ」
「ほれほれっ」
ディリヒラとヴォルは笑い合いながら湖を一周した。スタートした場所に近づくとディリヒラはヴォルの体から手を離した。勢いよく滑りスタート地点に戻る。湖から出てしまわないように、ディリヒラはブレーキをかけた。氷に弧が描かれる。
「ねえ、次は鬼ごっこをしましょう?」
「いいぞ。じゃあ俺が鬼になってやる。……オオーンッ」
ヴォルは一声鳴くとディリヒラを追いかけ始めた。ディリヒラはきゃっきゃ笑いながら逃げ回った。その内ヴォルに鼻先で背中にタッチをされ鬼を交代した。ディリヒラはヴォルを自慢の足で追いかける。バランスを器用にとり、カーブを描きながらヴォルの後を追う。ふと視線の端になにか入った。緩やかに止まり足元を見てみるとそこには一輪の花が咲いていた。それも水中、いや氷中でだ。大きな花びらが何枚もあり頭上の太陽の光できらめいて見える。
「きれい……」

氷の中の花に見惚れていたそのとき、ふわりと体が軽くなった。次の瞬間足元が痛みを感じるほどの冷たさがディリヒラを襲った。膝までが痺れる。このまま落ちていくかと思いきやぐっと強い力によってディリヒラは宙に浮いたままになった。そのまま引き上げられる。少々乱暴に固い湖面に投げられた。
「おい、ディリヒラっ。大丈夫か?」
「え、あ、うん……」
ディリヒラの頭の中は未だに霧が立ち込めているような状態だった。そのときディリヒラの唇に温かいなにかが当たる。それがヴォルの口であると気が付くのに時間がかかった。
「ディリヒラ、まずはそのスケート靴を脱ぐんだ。凍傷になっちまう」
そう言ってヴォルは靴紐を器用に咥え引っ張った。結び目がほどける。ようやく頭の中の霧が晴れてきたディリヒラはスケート靴を脱いだ。
「俺の背中に乗れ。足はなるべく俺の体にくっつけろ。少しでも暖をとっておけ」
ディリヒラはヴォルの言うとおりスケート靴を脱ぎ、ヴォルの背中に乗って両足を彼の横っ腹にくっつけた。ほんのりとヴォルの体温が伝わる。自身の背中にディリヒラの存在を確認すると駆け出した。その速さはディリヒラが初めて知るもので、彼がこれまでディリヒラのことを考えて走ってくれていたことを知った。本気であろうヴォルの駆け足であっという間に家に着いた。

「悪いディリヒラ。ドアを開けてくれ」
ディリヒラはドアノブに腕を伸ばした。ドアを開けるとヴォルが大声でディリヒラの母を呼んだ。
「お義母さん、今すぐ湯を用意してくれっ。ディリヒラが湖に落ちた」
奥からディリヒラの母が「なんですって?」と出てきた。そしてすぐにバケツとお湯、毛布を用意してくれた。ディリヒラはお湯の入ったバケツに足をつけ、毛布にくるまる。じんわりと足元が温かくなる。母がココアを持ってきた。
「なにがあったの?」

ディリヒラは正直にそのときのことを話した。するとヴォルが口を開いた。
「それはフロストの仕業だな」
フロストとは雪もしくは霜の妖精のことだ。
「あいつらはいたずらが好きだ。それにディリヒラは金髪。あいつら妖精は金髪も好きだから気に入られてもおかしくない。
……すまない、ディリヒラ。俺がついていながら」
「ううん、ヴォルのおかげで濡れたのが足だけで済んだもの。そんな顔しないで」
 ディリヒラは傍らに伏せているヴォルの頭を撫でた。しかしヴォルの表情は暗い。
「ヴォル、ちょっと座って」
 ヴォルは言われたとおり起き上がってその場に座った。そんなヴォルにディリヒラは軽く唇を重ねた。


「そんな顔しないで。ねえ、ヴォル。これをきっかけに離れたりしたいでね? 私はヴォルがいないと悲しみで胸が張り裂けてしまうから」
ヴォルは一瞬目を丸くしたがすぐにディリヒラに頬をすり寄せてきた。
「勿論だ、我が妻よ。これからは必ずお前を守るからな」
「あら、私だってあなたを守るわ。だからずっと一緒にいてね」
「ああ」
いつの間にか母親が席を外していることに気が付いたディリヒラは、強くヴォルに抱きついた。ヴォルの体の温もりはバケツのお湯よりも、ココアよりも温かく心地よかった。

作者紹介

≪作者名≫
翼 翔太

≪作者連載先≫
・TwitterID:@tubasa_syouta

≪他サイトで連載中の作品≫
・「ほおずきのランプ亭」: http://chillin.tutakazura.com/index.html(サイト)
             https://www.alphapolis.co.jp/novel/100153681/321198462(アルファポリス)
・「悲しみは純白」:http://chillin.tutakazura.com/index.html(サイト)
   https://www.alphapolis.co.jp/novel/100153681/822075276(アルファポリス)

≪作者紹介≫
仮面ライダー、戦隊を糧に日々を過ごしています。
現在『読み処Larus』という小説サイトを運営中。
また小説のお仕事を募集しております。あなたが読みたいファンタジー小説、恋愛小説をお書きします。サイトのメール、TwitterのDMのほか、SKIMAやココナラでもお請けしています。

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