変狼

翼 翔太様作品

今夜もどこからか狼の遠吠えが聞こえる。心地よくも恐怖を感じるその声をウォルはベッドの中で聞いていた。
「この声は誰だっけ。……そうだ、肉屋のおじさんだ。あの人の声はちょっと低めだから」
あちこちから狼の遠吠えが聞こえる。けれど襲われることは決してない。
この村に住んでいる人間は、変狼族という一族でだれもが狼に変身できる一族だ。もちろんウォルも例外ではない。しかし彼はこれまで一度しか変狼したことがない。
「なんで皆はあの感覚が平気なんだろう?」
狼になると全身の感覚が鋭くなり、まるで新しい遊びでも始めるときのように心が昂ぶり、走りたくってたまらなくなる。その感覚がウォルはどうしても苦手だった。それを理解してくれる友人は少ない。
おおーん、と狼の遠吠えがまた響いた。ウォルは布団を頭から被った。

次の日、学校が休みだった。学校の友達たちが狼になって草原を駆けまわっていた。ウォルはそれを遠くから眺めていた。
「変狼しない僕は変なんだろうか?」
体育座りをしているウォルはぽつりと呟いた。狼の姿で遊ぶことができる友人たちがうらやましかった。ぼうっと狼の姿になった友人たちを見ていると、なにやら様子がおかしいことに気が付いた。
「どうしたの?」
おろおろしている狼姿の友人たちにウォルは声をかけた。

「ウォル、大変なんだよっ。俺たち、人間に戻れなくなっちゃった」
「ええっ」
「どうしよう……」
友人たちはしっぽをぺたりと下げていた。
「ちょっと待ってて。だれか呼んでくる」
ウォルは急いで大人を探しに行った。最初に会ったのは昨日吠えていた肉屋のおじさんだった。今は人の姿をしている。
「に、肉屋のおじさんっ」
「おお、ウォルか。どうしたんだ、そんなに慌てて」
「お、おじさん、大変なんだっ。狼になって遊んでた友達が人間に戻れなくなっちゃって……」
しかし肉屋のおじさんの反応はウォルが思っていたものとは違っていた。
「ほほう、ずいぶんたくさん変狼したんだなあ。俺なんか仕事が休みのときにしかしないから、狼になるのはまだまだだろうな」
「な、なんとか戻る方法はないんですか? 狼のままだなんて」
「そんなものないさ。変狼をたくさんすると狼のままになるって、学校で習わなかったのかい?」
ウォルはなにも言えなかった。確かに学校の授業でそのことは習った。それを聞いたからこそウォルは余計に変狼するのが怖くなった。
「なに、悪いことじゃないんだからそんなに思いつめるな」
肉屋のおじさんはウォルの肩に手を置いてから去った。ふとウォルは森にいるという賢者の噂を思い出した。
(賢者ならなにか知っているかもしれない)
ウォルは一度友人たちの元に戻ってそのことを説明して、賢者がいるという森へ向かった。

賢者がいる森は茂った葉や伸びた枝のせいで太陽の光は届かず昼にも関わらず暗い。地面を見るとキノコが生えていた。夜だと錯覚してしまう森の中は不気味で仕方なかった。カラスらしき鳥が「カーッ」と自分の存在を知らしめるように鳴いた。それでもウォルは歩みをとめなかった。

どれくらい歩いただろうか。しばらくすると薄暗い森の中でぼんやりと光るキノコが左右に分かれて等間隔に生えていた。それはまるで道標のようであった。ウォルはキノコの道を進んだ。すると丸太で作られた一軒の家に辿り着いた。標識も看板もなにもない。ウォルは恐る恐るドアをノックしてみた。
「はい」
家の中から出てきたのは一人の女性だった。年齢は三十歳にも満たないであろう。真っ白なフード付きのローブに身を包み、サファイアのような瞳が映える。
「あ、あのすみません。ここに賢者様がいらっしゃると聞いて来たんですけれど……」
「はい。どうぞ、お入りください」

女性に招かれるままウォルは家の中に入った。木製のテーブルや椅子、小さな食器棚といった最低限の家具しかない。
「どうぞお座りください。お茶でよろしいですか?」
「あ、はい」
女性に席を勧められたウォルは素直に玄関に近いほうの席に座った。女性はかまどにやかんを置いて湯を沸かし始めた。
「あ、あの、賢者様はいつお帰りでしょうか?」
ウォルがそう尋ねると女性はぽかんとして「ああ」と手を打った。
「私はその賢者です」
「えっ」
ウォルは驚きを隠せなかった。
(おじいさんだと思ってた……)
「おじいさんだと思っていましたか?」
「えっ、いや、その……」
自分の心が読まれたかのように慌てるウォルを見た賢者はくすくすと笑った。
「皆さんそう思ってこちらにいらっしゃいますから、大丈夫ですよ」
「す、すみません……」
賢者はふふっと笑った。ウォルの前に湯気の立ったお茶が出される。
「疲れたでしょう? どうぞ遠慮なく飲んでちょうだい」
「あ、ありがとうございます」
ウォルは遠慮なくお茶を飲んだ。熱いお茶が疲れた全身に身に染みわたる。賢者はウォルの向かいに腰を下ろした。

「それで、私になにか聞きたいことがあるのかしら?」
お茶のおいしさを堪能しているウォルはここに来た目的も思い出した。
「あ、あの、狼になってしまった変狼族を人間に戻すにはどうしたらいいんですか?」
賢者は特に驚いた様子もなくウォルに尋ねた。
「もしかして誰かが狼になったまま、戻れなくなってしまったの?」

「はいっ、そうなんです。学校では狼になってからは戻れないって習ったんですけど、賢者様ならなにか知っているかと思って……」
賢者は首を横に振った。
「変狼族は一定の回数……それは個人によって違いますが……狼に変わると、人語を話す狼になります。変狼族の本来の姿は狼なのです」
「僕ら、本当は人間じゃなくて狼なんですか?」
「いえ、人間でもあり狼でもあるんです。あなたたちは選べるんです。人の姿で生きるか、狼の姿で生きるか。狼として生きたいという気持ちが強いから、狼の姿に惹かれるのです。最初はそんな風に思っていても、狼としての生活にすぐに慣れます」

「そんな……」
希望のない答えにウォルは項垂れて村に帰った。 

「おーい、ウォルー」
村に帰ってきたウォルの名前を呼んだのは、狼になってしまった友人たちだった。
「なあ、賢者様はなんて言ってたんだ?」
ウォルは賢者が言っていたことをそのまま伝えた。すると友人たちは意外にも落ち込んでいなかった。
「そっか。それならそれでいいや」
「狼生活も楽しいしな」
「狼だからって父さんや母さんと離れなくっちゃいけないわけじゃないしな」
「ありがとうな、ウォル」

ウォルはその日の夜、寝る前に窓の外を見た。空には満月が浮かんでいる。そのとき下から「アオーンッ」と狼の鳴き声が聞こえた。昼間の友人たちだ。ウォルは月明かりの中手を振った。それに答えるように、狼となった友人たちは満月を背中に吠えた。
「ウォーンッ」
月の光に照らされた友人たちは美しかった。

作者紹介

≪作者名≫
翼 翔太

≪作者連載先≫
・TwitterID:@tubasa_syouta

≪他サイトで連載中の作品≫
・「ほおずきのランプ亭」: http://chillin.tutakazura.com/index.html(サイト)
             https://www.alphapolis.co.jp/novel/100153681/321198462(アルファポリス)
・「悲しみは純白」:http://chillin.tutakazura.com/index.html(サイト)
   https://www.alphapolis.co.jp/novel/100153681/822075276(アルファポリス)

≪作者紹介≫
仮面ライダー、戦隊を糧に日々を過ごしています。
現在『読み処Larus』という小説サイトを運営中。
また小説のお仕事を募集しております。あなたが読みたいファンタジー小説、恋愛小説をお書きします。サイトのメール、TwitterのDMのほか、SKIMAやココナラでもお請けしています。

SKIMA: https://skima.jp/profile?id=31264(下のほうに出品物があります)
ココナラ:https://coconala.com/services/831922?ref=top_browsing_history

コメント

タイトルとURLをコピーしました