ひとりぼっちの最終地点

遊佐堂様作品

いつから私は旅を始めたのか。それを思い出せなくなった。物心がついたときから私は旅をしていた。赤ちゃんや子供の時はさすがに一人で旅はできなかった。ぼんやりとした記憶だけが残っているが、かつては誰かと一緒に旅をしていた。顔もおぼろげ、声も覚えてない。覚えているのはなんとなく優しい人だったことだ。幼かった私が一緒にいた人を見上げると、相手は必ずあたしを微笑んでくれた。

「さて、どうしようか」

私は立ち止まる。分かれ道だ。右と左に分かれている。右は森、左は人里。自分の荷物を確認する。リュックに詰められているのは数日分の食料と水、着替えようのシャツや下着類、乗っているバイクにはテントや炊飯セットがある。どっちみち野宿しても大丈夫なところだ。

「よし、森だ」

一人ぼっちの私が決めたのは森だ。他人とはめったに会わないであろう森だ。人見知りの私にとって都合の良い。空はもうそろそろ夕暮れ。私はバイクにまたがって、森の道へと進んだ。
森の入り口に着くと人がいた。人里の民か。軽く会釈をして森の入り口に進みたいところだったが、呼び止められる。若い男性で、きりっとした流し目をしている。わりとかっこいい男だ。

「これから森に入るのか」
「ええ、今日はなんとなくキャンプをしたい気分なんで」

他人には優しくする。とにかく敵を増やしたくない。出会った人には優しくするのが一緒に旅をしていた人に教えてくれたことだ。

「そうか。この辺りには狼もいるが」
「狼さんですか。縄張りとかありますか?」
「……この道をすすむと大木がある。その大木を突き当たりの右が狼の縄張りだ。案内する」

あら、親切な人だ。私は男の後に続く。バイクを押して中に入った。長身の親切な男は私がちゃんとついているのか時々後ろを振り返った。無表情で何を考えているのかわからないが、親切な人であることは確かだ。

「ここが狼の縄張りの入り口だ。看板があるからそれを目印にしたらいい」
男の案内が終わりあとは水の確保とテントの設営に行こうとしたが、止められる。
「これは余計なお世話かもしれないが、あなたは縄張りとか他人の領域にちゃんと線引きができているように見える。人里にいても問題なかろう。どうしてあなたは森に入りたがるんだ」


これもよく聞かれた話だ。あなたはどうして一人になりたがるのか、どうして俗世から離れたいのか。
「……」

私はにこっと笑ってバイクにまたがる。答えないことは笑ってごまかせばいい。一緒に旅をしていた人は教えてくれた。

川の近くにテントを張り、食事の用意をする。野菜と干し肉で適当にシチューを作る。川で適当に体を洗って火で乾かして寝るだけ。その夜、男に質問をされたことで思い出したのか、夢で昔のことを見た。

私と一緒に旅をしていた人が亡くなったとき、私は孤児院に入れられた。孤児院はルールがあり、そこで暮らすにはルールを守らなければならない。孤児院のみんなは強い絆を持っていて、私は入ることができなかった。入ろうとしても仲間はずれにされた。あの人が亡くなって私はひとりぼっちになった。楽しいみんなの輪に入れなかった私は孤児院を出た。あの人と一緒に旅をしたことがあるから一人旅は苦じゃなかった。けれど、周りは私が一人でいるのを心配して、また孤児院に入れられた。最初に入ったところよりも優しい場所があったけれど、馴染めなかった。人と人の間に境界線が見える、その境界線は強くて簡単には切れないもの。私が介入できないものだ。

「一人は怖くなんかない、自由だもの」
街のなかで、施設の中で一人になるなら、世界の中で一人になる方がいい。私は大きくなった今でも旅をする。どこかいいところはないかと探し求めて。

ぐっすり寝たのか疲れが取れた。小鳥のさえずりで目が覚めた私は顔を洗いにテントを出た。
「あれ、かわいい子がいる」


一匹の狼がいた。目が合って互いに動きを止める。動物は好きだ。動物とは仲良くなれる。私はすっと近づいて狼に触ってみた。狼は怖がることなく、撫でさせてやると言わんばかりに座り込む。もふもふとした毛並みに癒されてしばらく飽きるまで撫でた。


「かわいいー、どうして君はかわいいの? かわいいなあ」
「……」

狼は何も語らない。ふと立ち上がって勝手に去っていく。あら、残念。まだかわいいと言いたかったのに。さて、朝食の調達に川に行こうかと立ち上がると狼が戻ってきた。
「え、これとってきたの?」


狼が持ってきたのは鳥だ。へへへと口を開けている。頭をよしよしと撫でた。
「せっかくだから一緒に食べるかい?」
と朝食をおごる。鳥を裁いて肉にし、焚火であぶる。肉汁あふれるおいしそうな肉ができた。味付けは塩コショウといきたいところだが、狼さんにはそのまま味付けなしであげる。しかし狼さんは味付けしてほしかったのか前足で私のコショウを持った手にぽんっと叩いた。


「かわいいなあ、君は」
ぎゅっと抱きしめる。ふんわりとしたぬくもりが伝わっていく。
その時どこかからざっと足音がした。誰か来るのかと私はビビッて狼から身を離した。現れたのは黒いワンピースを着た女性。


「おや、私の森にお客さんかい」
「私の森ってことは、もしかして私有地でしたか」
急いで去らないといけないと立ち上がった私に女性はまあまあと言って座らせた。


「まあ、確かに私の森だけどだからと言ってあなたを追い出す気はないさ。私は恋の手助けをしていたのさ」
「恋の手助けですか?」
実はねと言ってパチンっと指を鳴らした。ぼんっと煙が立ち、狼の姿が変わる。狼は昨日森で出会った男だった。男は女性をじっと睨む。


「睨むなよ、君の一目ぼれに手伝っただけなのに」
「……」
「満月じゃなくても狼として近づくように手配したんだぜ、感謝しろよ」
「……」


うーむ、どういうことなのか。困惑した私が男と女性を交互に見ると男が口を開いた。
「すまなかった。君が心配で狼として見守っていた」
「心配?」
「君がこの森で自殺でもするのではないかって気になって見ていた」

確かによく心配される。今まで会った人にも言われていた。あなたはいつか自殺しそうな気がすると。一人で生きるには危険すぎると言われた。

「建前はそうだけど、お嬢さんの魅力に惹かれたんだよね。狼男くん」
女性がニヤニヤと笑いながら茶々を入れる。
「狼男?」
「そう、私は人里で住めない者たちを森に入れて保護しているのさ。彼は人狼として普段は人間、真夜中の時は狼になるの。さっきの彼、かわいかっただろう」
「はい、すごくかわいかったです」

女性は男ににやにやして話しかける。男の顔は真っ赤になっていた。
「まあ、人里から離れている君に一緒にいても迷惑だろうから、彼なりにこっそりと見守っていたんだ、許してくれないか」
「はい。ありがとうございました」
男に礼を言う。

「せっかくだからこいつの家に行けばいいじゃねえの? 今日はこいつの親いないからさ」
と女性が言うと男は容赦なく女性を殴った。
女性はひょいっと避けた。
「ひどいなあ、魔女の私に暴力とは」
「余計なことを言わないでください。こんな可愛い方に」
耳まで真っ赤になった男が女性に言う。最初は優しいけど怖い人だと思ったけれど、こうやってみるとかわいい人だ。

魔女の一言がきっかけで私は男と一緒に住むようになる。やっと私は居場所を見つけた。一緒に傍にいる人、大切な人と一緒に生きる場所を。

作者紹介

≪作者名≫
遊佐堂

≪作者連載先≫
・TwitterID:@wakyo01

≪他サイトで連載中の作品≫
・「残機ゼロ 予告」:https://www.youtube.com/watch?v=2tq3MEjeCbo&t=2s
・「会話をしましょう、殺人鬼さん」:https://storie.jp/creator/story/13424

≪作者紹介≫
大相撲や歌舞伎などを嗜む名古屋人。
推理小説など様々な本を読む読書家でもある。
毎日節約を意識しながら清く、せこく慎ましく生活中。

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