君が、童話になる前に

さざの、様作品

「…先生? 何故、私はこんな森へ…?」
彼女は現実を閉じられたことに瞠目し、最後の扉の亀裂へ指を触れたが、もうそれは縫い留められて消えてしまった。

――とはいっても、この扉を作ったのは私自身なのだが。

私は、周囲の人々からは「先生」と呼ばれている。一つ欠片の知識を除いて全てを知っていることから、そう呼ばれるようになった。

魔術は勿論、四元素の扱い方から、悪魔との契約の仕方まで知っている。数多の世界のことを知る事も出来るし、果ては未来までも知ることが出来る。
しかし、全てを知り尽くしてまえば、その身体は金属の様に動かなくなってしまうとも聞く。
幸い、ある一点においては、知識が乏しく、それを知る気もない。
だから、私は知識の探求をしても問題はないのだ。

そして、彼女を閉じ込めた理由だが。
彼女は、私の教え子だ。
透き通った陶器の様な肌に、控えめに朱をさした頬と唇。
そして、大きな黒い瞳は彼女の意志の強さを示す様で、彼女の表情を印象的なものへと彩っている。
魔術においても秀でた才能のある、まさに才色兼備の名家の御令嬢である。

しかし、ふと預言を拾ってしまったのだ。
『数十年後、彼女は縁者の娘を、私怨で殺そうとしてしまい、そして、そのせいで彼女は処刑されてしまう』

私はしばらく悩んだ。このことを彼女に打明けるべきか、どうか。
ただ一人の生徒の為に、どうして此処まで悩むかもわからなかった。
ただ、無関心という選択肢はその時はなかった。

そして、私は決断したのだ。
彼女の縁者がいない世界へ、彼女を連れ出してしまえば問題はない。
だから、あの森へと彼女を閉じ込めることにした。

朝霧でさえ深く、誰もいない森へ。
流石に、それでは彼女が哀れだと思い、黒いドレスには魔法をかけてやった。裾に手を入れれば、衣食に関するあらゆるものが出て来る。
勿論、この魔法の媒介者は私な為、彼女がこのドレスを使えば使う程、私には負荷がかかる。しかし、彼女を閉じ込めてしまっている贖罪と、彼女の救済を考えれば容易いことだ。

「先生、聞こえておられますか?」

彼女は、私へと声をかける。凛とした声は動揺が隠せないのと、私に対する疑問と憤りが隠れていた。私は声をかけることが出来なかった。

これは、彼女が罪を犯すことに怯えた私のエゴなのだから。

彼女がこの森で暮らして、数か月が経った。
気付けば、彼女はドワーフ達の間で朝霧の魔女と名を馳せているようになっていたらしい。
彼らに鉱石を掘らせて、それを売らせ、その代わりに魔法のドレスから彼らが欲しいものを提供する。

一見すると、その行いは女神の様なものであるが、一つ違う点がある。
彼女自身は、何事も事を成していない。

それなのに、彼女は人を扱う支配者として自然と君臨するようになっており、その朝霧の魔女の噂を聞いた白雪の国の王子が彼女を迎い入れたいというのだ。

私は、その時に気付いてしまった。
あの預言は、私の行いを含めて全てを見通していたのだと。

つまり、彼女の未来は変えれない、それどころか彼女の不幸に一番手を貸してしまったのは私であると。

私は、彼女の未来を憂いた。彼女はこれから先、悲しい結末へと進むしかないのだ。彼女を救う方法を考えて、それを行ったとしても、それも預言のレールに沿っていることなのだ。そして、彼女を想って、嘆いていたはずなのに邪な心が入ってしまっていた。

ならば、彼女は白雪の国の王子と連れ添って、私の元から離れてしまうのか。と。

一瞬、浮かんでしまった光景に、心が酷く歪んだ。彼女の為に尽くしてきたことは全て無駄で、彼女と寄り添うことも出来なかった私は、では、何のために彼女の為にここまで尽くしてきたのだ。

私は、彼女に、尽くして。
……私は、ただ、彼女の、為に。

否、何故だろう。

………嗚呼、嗚呼、しまった。

私は、彼女に、ただ、××されたかったのだ。

迂闊だった。
私は知ろうとしなかった唯一の知識を、唯一の心を、こんな所で知ってしまうだなんて。

完全ではなかった私の知識が全て、全て、完璧になってしまった。
それに自分自身でも、気付いてしまった。

全てを知ってしまった人間が、神か悪魔の仕業で金属に変えられる。
その迷信は、本当のことであったようだ。
その異変は、爪先から始まる。

通っていた血がスーッと抜けて、透明で洗練された鉄へと変わっていく。可笑しいことに、そこに恐怖など感じなかった。

ただ、ただ、今は彼女への想いを知ってしまい、それを伝えられずに、彼女の為に迷走してしまった愚かな学者を、ひたすらに自嘲してやりたい気分だった。
そして、その自嘲には、何処か恨みも籠っている。そうだろう、私の人生は彼女の為にあって、彼女の為に崩されて、この身体もこんな風に変わってしまうのだから。

それでも、私は願ってしまうのだ。

もし、自分が金属の身体になり、心まで金属になってしまったら。
その物珍しさに、彼女はきっと私を一目見るに違いない。

そうなってくれれば、嬉しい。

君の瞳を、一度だけでいい。私を、見て欲しい。
そう、それで、出来たら、私の声に耳を傾けて欲しい。

更に言うなれば――。

そして、その全てを知る金属の像は、
白雪の国の王女に、かつての彼女に
「使い勝手が悪い」という理由から長い姿見へと変えられた。

そして、その鏡は全てを知るのだ。
現在も、過去も、未来も。

その瞳は、私を見つめる。
その耳は、私の声を聴く。

その心は、私の言葉一つで――。

To be Snow White’sQween…?

作者紹介

≪作者名≫
さざの、

≪作者紹介≫

作詞経験と受賞履歴のある寓話作家です。貴方のぼんやりしたイメージ、幻想的な描写で表現します。
日常の風景を切り取って、綺麗な色彩を施して大事に、大事にとっておける想いでに仕立てる
それを文字で行う事が出来る、言葉の仕立て屋さんです。

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